②-2―共に過ごした最後の2ヶ月半

毒親だった母を看取るまで―

「ありがとう」の言葉が自然に

 

 

――いよいよ迎えた最後の日について聞かせてください。

タチバナ:亡くなる前日の昼前くらいに、ホームのヘルパーさんから「血圧下がり続けているので、多分峠だと思います」と電話がありました。上の血圧が80いくつとのことだったので「すぐにすぐではないかな」と思いましたが、早めに夕飯をすませてホームに向かいました。続いて、夫、娘、兄も来て、22時くらいに夫と娘に「帰っていいよ」と言い、兄については先に話した通り、翌日の予定を理由に帰りました。兄にしてみたら、母も「用事を優先しなさい」と言うと思うから、とのことでした。

――お母さんと2人で過ごしたのですね。

タチバナ:簡易ベッドの上で読書をしていると、次第に死前喘鳴や下顎呼吸が現れ始め、終わりが近づいていることがわかりました。母の手を握りながらあれこれ話している間、母の息が止まったり、復活したりを繰り返しました。私の口から「ありがとう」という言葉が素直に出てきました。

 

 

――臨終を見届けたそうですね。

タチバナ:そうこうしているうちに息が止まったまま10分が経過し、母の眼球の黒い点が、ぼやーんとするのを見ました。まるで、半熟卵の黄身に楊枝を差すと、とろーっと拡がるような感じとでもいいましょうか。「瞳孔散大」という現象です。その様子を見届けられたことに、今でも満足しています。ヘルパーさん、自宅、診療所、葬儀社に連絡し、30分後には医師と看護師が来てくれました。

――死亡が確認されたのですね。

タチバナ:通常は医師が脈を取って瞳孔を確認し、死亡診断書を書くと思います。このときは、死亡診断書に私が瞳孔散大を確認した時間を書いてくれました。それがうれしかったですね。

医療従事者との相性

 

 

――がん家族と医療従事者との関わりについてどう思っていますか。

タチバナ:がん患者や家族は、医師、看護師、ケアマネージャー、ヘルパーなど、大勢と関わります。患者にとっては人生の最後、支える家族にとっては日々の生活、つまり人生が彼らによって大きく左右されるといっても過言ではありません。

 

 

――医療従事者とどう付き合うのがよいのでしょうか。

タチバナ:世の中にはいろんな人がいます。そして、相性のよしあしがあります。うちの場合、訪問看護師の対応に満足できず、不安や不信感を持たざるを得ませんでした。

――がん家族にとってつらいことですね。

タチバナ:不満を抱えたままの状態を続けるのではなく、相性の良い人を探し、思い切ってチェンジしてもらうことも大切だと思います。患者を見送った後も、家族の人生は続くのです。後悔にさいなまれながら生きていく状況を作ってはならないと思います。

 

 

 

――ホームではいかがでしたか。

タチバナ:それまでの2か月間の自宅療養中、不慣れな看病を毎日続けていたものですから、私は既にいっぱいいっぱいの状態でした。母がお世話になったことに感謝する一方で、「あれってどうなの?」と思うこともありました。母は味覚障害を起こしていて何を食べてもまずいと言っていましたが、それに対してあまり対応してもらえなかったことが悔やまれます。

――他にどのようなことがありましたか。

タチバナ:ホーム入所時は、説明文が読み上げられるんですね。「持ち物には名前を書く」といった入居者家族がやることから、「看取り」などホーム側がやることまで、一通り説明を受けます。

 

 

――説明が不十分だったのでしょうか。

タチバナ:不十分、あるいは説明がなかったこともありました。例えば、居室の入り口に鍵がかけられているのは拘束にあたるのではないか。看取りまでやってもらえる施設なのに、終末期の医療に関する説明が一切なかった。亡くなる前日に駆け付けたときも、点滴と酸素マスクが付いていました。「もう必要ないのに?」とよぎりましたが、言い出せませんでした。

――悔いが残ってしまいますね。

タチバナ:はい、いろいろ後悔しています。入居時の説明の段階で漏れや疑問に気付き、その場で「説明をお願いします」と言えばよかったのでしょう。でも、そのときは何が抜けているのか気付くことすらできませんでした。人生も看取りも1回きりですから、不明点に気付いたらすぐに尋ね、明らかにすることが大切だと思います。

 

 

――治療方針について悩まされることもありますよね。

タチバナ:特に高齢になるほど医師を崇め、何でも言うことを聞く傾向が強いと思います。勧められるがまま抗がん剤を使って弱ってしまい、家族が「無理をしているんじゃないの?抗がん剤より、自分の生き方を大切にしようよ」と言葉をかけても、「先生がおっしゃることにはさからえない」と我慢してしまうといったケースです。少なくとも私は、自分や夫が将来そうなったときのために治療内容などをあらかじめ調べ、決めておこうと思っています。

 

 

 

マンガを通してACPを広げたい

 

 

――看病中は、どのような心境でしたか。

タチバナ:「自分だけはしっかりしていなくては」「弱気になってはいけない」という張り詰めた気持ちで過ごしていました。

――そんなときに、ある人から声をかけられたとか。

タチバナ:ある日、私が非常勤で勤めている病院のベテラン看護師さんが声をかけてくれました。「お母さん、どう?」というひとことです。彼女は患者さんからよく相談を受けている人です。私を見て、何か思うところがあったのでしょうね。

 

 

――それを聞いて、どう思いましたか。

タチバナ:「私のこと、気にかけてくれる人がいる」とうれしくなり、こわばっていた心が和らぎました。ひとりじゃないんだと思えた瞬間でした。今、かつての私と同じような思いをしている人にも声をかけてあげたいです。どうか無理をせず、楽になってほしい気持ちでいっぱいです。

――地域支援員の仕事について教えてください。

タチバナ:勤務先の医院が、厚労省が推奨する「アドバンス・ケア・プランニング(略称ACP)」に取り組んでいます。私も患者さんと話すときはACPを意識しています。

 

 

 

▲写真は全てイメージです。

 

 

――ACPとは、どのようなものでしょうか。

タチバナ:患者ご本人の意志や希望をベースに、家族、医療や介護の従事者と話し合い、医療やケアの方針を確認することです。「人生会議」という愛称でも知られています。

――お母さんのACPについてはいかがでしたか。

タチバナ:不十分でした。口頭で「行きたいところはない?」「食べたいものはない?」と尋ねましたが、母はきまって「いいよ、いいよ」と遠慮するんですね。このときにしっかり聞き取って書き留めておけばよかったです。

 

 

――それで「もしもしーと」を作ったのですね。

タチバナ:そうです。患者ご本人がしてほしいこと、してほしくないことを家族や周囲と共有し、治療にも取り入れてもらうことを目的にした確認用のシートです。例えば「痛み止め(医療用麻薬)を使う治療」についてなら、「してほしい」「してほしくない」「話し合って決めたい」のいずれかに○をつけます。

――「がん家族」のドキュメンタリー映画のプロジェクトがスタートしました。

タチバナ:映画を観て元気づけられる人がいたらうれしいです。私も、イラスト関連でお手伝いをすることになるかもしれません。今、出版業界も大変なのでできるかどうかわかりませんが、可能であれば映画製作の様子をマンガで描けたらと思います。

――ありがとうございました。

<この記事を書いた人>

コピーライター/プランナー 仲山さとこ

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