③-2―4年半の看病経験から

皆さんに伝えたい5つのこと―

T田さんの愛犬たち。ずっと夫婦の闘病を見守り癒してくれたとT田さんは話してくれました。

 

 

がん家族からのメッセージ①②

 

「生命保険」「お金」

 

 

――がん家族の方、周囲にがんになった人がいない方へのメッセージをお願いします。

T田:現実的なアドバイスを5つさせていただきますね。

1つめに、「生命保険」です。生命保険に加入されている方が多いと思いますが、年齢や生活スタイルに応じて保険の内容を見直すことをお勧めします。がん家族は看病のために時間のゆとりがなくなりますし、自分の保険どころではないと思いますが、何とかしてご自身の保険を見直していただきたいですね。もちろん、家族みんなが元気なときに見直すのが一番です。私の場合、主人を見送った後に、フル装備で保険に加入しました。

 

 

 

――2つめのアドバイスをお願いします。

T田:お金です。病気の治療にはお金がかかります。私が働いて治療費を支払い、それでも足りず借金もしました。主人とはお金のことで何度も話し合いました。がん保険と関連しますが、家族がいざ病気になって働けなくなったらということを想定し、備えをしておくことをおすすめします。

――看病中、仕事を休むかどうかで悩むケースもあります。

T田:それもすごく大事なことです。勤務先の福利厚生についてしっかり調べて、看病のための介護休暇が取れる場合は活用し、一緒に過ごす時間に充ててください。私は事情があって取れるはずの介護休暇を取らなかったのですが、後悔しています。

 

 

――職場の人には話しましたか。

T田:上司にだけ伝えました。ちなみに、職場の人に話すかどうかは微妙な問題ですので、これもぜひ皆さんにお伝えしたいです。

――どういうことでしょうか。

T田:家族ががんで苦しんでいることを、職場の人はあまりわかっていないのが普通です。亡くなってから「そんなに悪いとは思わなかった!」と言われたのは私だけでなく、何人かから同じ話を聞きました。

――職場の人に細かい事情まで話す方がいいでしょうか。

T田:ケースバイケースではないでしょうか。プライバシーなので言いたくないという考えもあれば、詳細を話して仕事の負担を減らしてもらった分、看病の時間に充てるという考えもあります。職場の体制、仕事の種類などによって一概には言えませんが、後悔しない方法を選んでいただきたいと思います。

 

 

がん家族からのメッセージ③④

「死後のこと」「やりたいことをできるうちに」

 

 

――3つめのアドバイスをお願いします。

T田:非常につらいことですが、亡くなった後のことをある程度は想定しておくべきだと思います。亡くなってすぐに葬儀がありますし、遺産相続や、今後の生活など、押さえておきたいポイントがいくつもあります。私の場合、がん患者が配偶者で子どもがいないので、主人の家族との付き合い方も考えねばなりませんでした。

――看病中に「死後」について考えるのはつらいですよね。

 

T田:誰だって考えたくないに決まっています。それでも「エンディングノート」や「遺言」を整えておくに越したことはないと思います。私の夫のように40代でがんを患うこともありうるのです。

 

 

――4つめのアドバイスをお願いします。

T田:やりたいこと、好きなことをできる限りやることです。緩和ケアが始まった頃、医師から「行きたいところがあれば、動けるうちに行ってくださいね」と言われました。まさか4か月後に主人が旅立つとは思っていなかったので、「はあ、そうですね。でもお金もないし、治ったらどこか行こうか」という感じでした。

――治ると思っていたからですね。

T田:あのときは、最悪の事態を考えられない、考えたくない気持ちでした。でも、「死」についてもっと真剣に考えた方がよかったのでしょうか。振り返ってみて、「あれでよかったのだろうか」と自問することがいくつかある中のひとつです。

 

 

――どこか行きたいところがあったのですか。

 

T田:夫婦共通の趣味が大相撲観戦で、主人が亡くなる1年前の結婚記念日に、夫婦で家から比較的近い九州場所に行ったんですね。生で見る相撲の迫力はすごくて、「これは楽しい!」となり、今度は両国国技館と大阪場所に絶対行きたいと思うようになりました。「やっぱり借金してでも東京に行こうか」と私が提案したこともあったんですが、主人が「俺、車椅子だし、もう借金を増やすな」と言い、夢は叶いませんでした。

 

 

がん家族からのメッセージ⑤

「二度と戻らない今を大切に」

 

 

――5つめのアドバイスをお願いします。

T田:11日を大切に過ごすことです。私は、遺言の代筆をお願いするために、看病を抜けて公証役場に行ったことがあるのですが、今となっては看病の時間を削ってしまったことを悔やむ気持ちもあります。最愛の人を失うことで、日常がどれだけありがたいか身にしみます。もちろん、看病はつらいことの連続で、私も何回かケンカしたんですけどね。

――仲が良いご夫婦ですのにケンカしたんですね。

T田:仲が良かったのは本当ですけれど、私も看病のこと、仕事のこと、お金のこと、いろいろ抱えていっぱいいっぱいになってしまい、つい「死ねばいいのに!」なんて口走ったこともあるんですよ。

 

 

――ご主人はどういう反応でしたか。

T田:「俺は楽しく生きたいんだ」と返されました。テレビか何かで、「笑うと免疫力がアップする」という理論に行き当たったみたいです。「お前が怒りに震えて『死ね』なんて言ったら免疫力が落ちる。もうだめ。寿命が縮んだ~」と言うもんですから、私も「ごめん、もう言わん」と謝りました。でも、その後もこのやり取りを何度か繰り返しました(笑)。

――お互い、言うだけ言ってさばさばしていたのですね。

T田:ケンカを勧めるわけではないですが、そばにいる時間を大切にしてほしいと伝えたいですね。今、この瞬間は二度と戻ってこないのですから。主人ががんになり、時間を大切にしようと思うようになりました。これは、実家の母に教わったことでもあります。母も、自分の母、私にとっての祖母を亡くしたときは後を追いたいほどの悲しみに襲われたそうです。

 

 

――愛する家族を失う辛さは、誰もがいつかは経験することですね。

T田:それこそ私も、「主人の後を追ってしまおうか」と考えたことがありました。今は、母の言う「毎日を感謝して生きる」の気持ちで過ごしています。

 

 

――ご主人と共にがんと向き合った4年半をどう思っていますか。

 

T田:運命ですかね。主人もよく「俺の運命やけん」と言っていましたね。最後まで堂々としていたなと思います。今思えば、延命だったかもしれない。寿命に4年半のおまけをもらったということなのかもしれない。でも、主人も私もめちゃくちゃがんばった。治ると最後まで思い続けた4年半でした。

 

 

主人を見送った私の暮らし

 

 

――最近の暮らしぶりについて教えてください。

T田:飼っていた犬2匹(雄と雌)と一緒に、主人の実家を出ました。主人の家で暮らしていたときは、犬もストレスを感じていたのでしょうか。子どもができなかったのですが、私と家を出てからすぐに子犬が2匹生まれたんですよ。

――それは癒されますね。

T田:他にも良いことがありました。長らく契約社員で働いていたのですが、ついに正社員試験に合格したんです。主人が生きているうちに正社員になれていたらもっと良かったのですが。

 

 

――でも、ご主人もきっと喜んでいると思いますよ。

T田:そうですね。うつ病になってもおかしくないくらい落ち込んだ気持ちを和らげてくれた犬が子犬まで生んでくれたこと、正社員になれたこと、何だか、主人と祖母に守られているような不思議な気持ちです。母が「お墓参り行きよえ」と言うのも納得です。

――少しずつ、日常を取り戻しているんですね。

T田:ふと思い出して号泣したり、「おったらなあ」と思ったりすることもありますけどね。そういえば、主人が存命中に「もし死んだら、おばけでもいいけん会いに来て」と言ったことがあります。返事は「いや、それはわからんなあ」(笑)。本当にいまだに会いに来てくれませんけど、今はひとりを謳歌しようと決めています。そばにかわいい犬もいますしね。

 

 

――「がん家族」のドキュメンタリー映画のプロジェクトがスタートしました。

T田:私の夫は48歳でがんになりました。私は、まだ30年は一緒に生きると思っていた最愛の人を失いました。映画は、なるべく多くの人に、中でも「まだ自分は若いし、親も若いし、関係ない」と思っている人にぜひ見てほしいですね。映画に出る家族のことを、頭の片隅にでも置いていれば、いざというときにきっと助けになると思います。

 

――ありがとうございました。

▲T田さん愛犬以外の写真は全てイメージです。

 

 

がん家族セラピスト酒井の追記

緩和ケアについて。緩和ケアは、がんと告げられた時から利用できるケアです。しかし、緩和病棟(緩和病院)入院は、治療の途中でも医師の判断および、他のタイミングで入院できる場合もありますが、主に、積極的治療を目的としない緩和ケアのみの入院です。また、「緩和ケアを始める=最後を過ごすためのケア」ではなく、「積極的治療を目的としない緩和ケア病棟での入院=最後の時まで患者とその家族がその人らしく過ごせるためのケア」です。

<この記事を書いた人>

コピーライター/プランナー 仲山さとこ

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